デジタルツールとの付き合い方。〜iPadの限界を感じるこの頃〜

スポンサーリンク




Pocket

最近、iPadの限界を感じています。

僕が言わずともですが、iPadは素晴らしいマシンです。 Apple Pencilを使ってお絵かきもできれば会議のメモを手書きで残すこともでき。移動・複写・拡大縮小思いのまま、色を塗ったり、変更したりもあっという間です。

凄まじい便利さで、思考は自由を得て、遠くに近くにと深く深く思いを巡らすことができるようになります。ほんと素晴らしいマシンだと思います。

でもですね。

使う数が膨大になってくると、大きな欠点が隠されていることに最近になって気づいたのです。

それは

書いたものを「見返しにくい

っていう欠点なのでした。

書いたら書きっぱなし。考えたら考えっぱなし。一時的に思考は深まるし、イージーに使い倒せはするものの、それはあくまで、何というか表現が悪いのですが、“ブツギリ”で書いたメモであって、後で見返すことがない。ですから、書いたメモ同士が後で交わり合ってシナジー効果を発揮してくれるとか、何か相互作用が起きるとか、そういうことがほとんどないのです。

それもこれも「見返しにくい」ことが要因なのではないかと考えています。

スポンサーリンク
スポンサーリンク




なぜなのか?

よくよく考えてみると3つが考えられます。

1、デジタルデータだから

そもそもの話なのですが、書いたメモはiPad本体やスマホ・パソコンを使わなければ見ることができないのです。Goodnotes4の場合なら、スマホの電源を入れて、アプリを立ち上げ、ノートを選択し、書いたメモを探して起動して……といった流れになるんです。

アナログ(紙)ならインデックスを簡単につけて、ファイルの中のどこにその資料があるかどうかを一瞬で判別して、引き出すことができます。付箋なんかも利用できる。また、簡単に横に並べて俯瞰することだってできる。ですが、iPadではそうはいきません。

ちょっとしたことではありますが、これがメモ数が膨大な数になると非常なストレスになってくるんです。

2、字が見にくい

今、議題にしているのはあくまでApple Pencilで手書メモを書いた場合の話なのですが。

その書いた文字が実に見にくいし、貧弱。

アプリにもよりますが、文章を書く場合はどうしても文字数を多くしたいので極力小さな文字で書こうとします。そうすると何故か線が震えて見にくくなることが多い。

ましてや、ただでさえ字が下手な僕の字ですから尚のことです。ミミズが張ったような文字で、見返す気力がわかないのです。

3、アプリごと独立している

先ほどの話にもつながるのですが、最近のアプリは連携機能がかなり強力になったとはいえ、それでも不満点は多い。

iOSでは未だにデスクトップにショートカットを置く機能がない(確か、AndroidではOKだったはず)。検索機能もよくなったとはいえ、まだまだ書いた記事や資料を取り出すのには不自由を強いられる。それもこれもアプリが独立していて連携機能の邪魔をしているから、だと思います。

まとめ

じゃ、どうするの?

ってことなのですが、

何もしません。いや、勿論、改善策は多少とも見いだせるように努力はしたいと思うのですが、そう簡単ではありませんから、そういうものだと認識した上で今後もiPad Proを使っていきます。

言いたかったことは、僕のようにデジタルマシンに過度の期待をかけてしまって、なんでもこれでやろうとしてしまうと、後々行き詰まってそれがストレスになりかねませんよってことです。

そうなると頭の中は混沌としたままになり、何のためにツールを使うのかということになります。

あくまでツールとして、使えるところは使う、ダメなところは使わない。そんな刹那的な使い方が、僕はデジタルツールでは大事ではないかと思うのです。

ようはバランスですよね。

駄文失礼しました!

思考の整理学 (ちくま文庫)
外山 滋比古
筑摩書房
売り上げランキング: 627
スポンサーリンク
スポンサーリンク




スポンサーリンク




継続して購読しませんか!

follow us in feedly

関連コンテンツ