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令和の時代に  これが「時代」というものなのだろうか?

新時代の幕開けだ!

 

今日は、令和元年5月1日。

新しい元号の初日。

当然でしょうが、MacのGoogle日本語入力の辞書では、この「令和」の文字は一発変換はできませんでした。まだ一文字一文字変換する必要がある。

そういう意味からも、新しい時代が来た、という感慨を持ちました。

思ったことは3つ。

 

 

1,「令」の字は難しい

 

この記事を書くにあたって、早速iPadの「GoodNotes5」の毛筆で書き初めをしたのですが(冒頭の文字です)、なんと、
「令」の字が描けませんでした!

いつもは「命令」とか「司令」とか、なにか頭に文字があって、それに続く文字が「令」だったので、勢いで書いていたんだと思います。

改めて「令」をキレイな文字で書こうとすると、いかにもヘンテコリンな字であることに気づきます。「嘘だろう」と改めてパソコンで字を確認するけど、いちおう文字は合ってるんですよ。

でも、書けない!
なんとも不思議な字が「令」という文字だったのだと気づきました。

 

2,明治の人のような思い

 

昭和生まれの人間にとって、明治生まれの老人は別格の思いがしたものです。なんというかただの老人というだけでなく、カクシャクとして強いイメージがあった。

昭和ー大正ー明治

僕ら昭和生まれの人間にとって(もちろん戦後)、

二世代まえの遠い昔が明治時代だったのです。

それが、こんな風に書き換わってしまった。

令和ー平成ー昭和

つまり、今から生まれるであろう令和世代の子どもたちにとって、二世代前の昭和生まれの人間は

「あの人、昭和の生まれだってよ……」

って何か一つの感慨を持って言われそうな気がするのです。戦争を引き起こした勇ましい世代って言われるだろうか、それとも、馬鹿な戦争を体験した愚かな世代と言われるのでしょうか?

そのへんは、今からおいおい決まってくるのでしょうが。

なんか自分が明治時代の生まれのような、一気に年老いたような複雑で、変な感覚です。

時代を感じますな。

 

 

3,雅子皇后 頑張れ!

先日、「朝から生テレビ」という某局の番組で、天皇制について議論されていたんですが、その中で特に気になったのが天皇制が「男系」であることでした。

思ったのは、男の子を産めなかった皇族の嫁ってのは大変だったろうなってことです。

全くの想像ですが……、
もうかなり以前から、雅子妃は適応障害という精神的な疾患になられ、公務もできない状態になられた。そのことでマスコミから盛んにバッシングを受けたし、一部の国民の中には皇后にはふさわしくない、という話さえ聞こえてきたことがありました。

でも、よくよく考えれば、

男の子を生んでいない(産めなかった)、雅子妃のプレッシャーというのは相当なものだったのだろうと思うし(不妊治療を受けられた方なら想像できるでしょう)、誰にも本音で相談できないあの環境では、一人娘を育てるのでさえ、気苦労の耐えないものではなかったのか?

皇族内での期待やプレッシャーはかなりのものだったでしょうし、周囲の取り巻き、国民の目。さまざまなプレッシャーが彼女のこころをズタズタにしたのは想像するまでもないことです。

儀式に望まれる雅子皇后をみていると、
そんな思いが走馬灯のように頭の中をよぎってしまいました。

天皇家という特別な存在。

個人的にはなにも崇拝するとか、反対とかそういうことは何もない真っ白な存在ではあるんですが

戦争という大きなものに巻き込まれて、なんとも抽象的な地位に位置づけられてしまった天皇制。

でも、その
象徴である存在になることがいかに難しいことか。

絶えず国民の目を気にしなければならない。絶えず、自分の行動を見張ってなければいけない。気軽にショッピングをすることさえも憚れるだろうし、行動に相当な制約がある。そんな中途半端で曖昧な地位を引き受けた新天皇も新皇后も相当勇気のいる人ではないかと思うんですよね。

好きでなっているのではない。金儲けでやっているわけではない。

宿命として、天皇のあとを引き継がれた。

同じ時代を生きるものとして、それは尊敬に値することだと僕は思いました。